ビル・エヴァンスのユニバーサル・マインド - クリエイティブ・プロセスとセルフ・ティーチングについて
ビル・エヴァンスの実兄ハリーによるインタビューです。
※既に日本語字幕がついている動画がありますので、単に文字起こししたものです。
1966年制作という事ですので、以下のアルバム発表時のあたりという事になります。
文字起こし
ビル・エヴァンス
対話者:ハリー・エヴァンス
解説:スティーブ・アレン
■スティーブ・アレン:
万人に共通する音楽的感性というものがあります。
優れた音楽はその普遍的感性を人々に呼び起させます。
人々がどれだけ受け止めるかは、その音楽の形式(スタイル)に詳しいかどうかによって違ってきます。
したがって、耳慣れた音楽とは違う時代や文化を背景に持つ音楽を理解するには、ある程度の努力が必要です。
素人の意見を軽く見るのは間違っていると思います。
私は感受性の鋭い素人の意見を大切にします。
プロは音楽的技巧とかかわりすぎて、素人のような純真にはなれないからです。
■スティーブ・アレン:
皆さん、こんにちは。
私の名前はスティーヴ・アレンです。よろしく。
音楽を愛すものとして、そして同じ音楽家として、ビル・エヴァンスのピアノが好きです。
私は彼の音楽に深く心酔しています。
彼は偉大なジャズピアノストであるばかりではなく、多くの音楽家に多大な影響を与えました。
例えばエロール・ガーナーを例に取ってみましょう。
彼は独自の型を持つ優れた芸術家です。
そのスタイルをそのまま真似てみましょう。
こうです。
<スティーブ・アレンのピアノ演奏♪>
コメディアンが、ゲイリークラントの真似をしているような、ふざけた感じに聞こえてしまいます。
ビル・エヴァンスの影響力とは本質的に違います。
エヴァンスは教育者であり哲学者でもあるのです。
若い音楽家に与える強大な影響力にもかかわらず、彼は自分のスタイルを真似る音楽家の出現を最も嫌います。
彼は、スタイルは自ずから出来上がるものと言っています。
誰にでも独創的なインスピレーションンが多かれ少なかれ、あるからです。
彼にとって重要なのは、基本的な理論をマスターする事と、練習を重ねて演奏に必要な筋肉を鍛える事なのです。
技術と同様に頭脳も鍛錬されなければなりません。
演奏する時、技術的に心配がなければ、音楽そのものに没頭することができます。
そうすれば、自己に内在する意識に即応した演奏ができます。
すなわち、それがジャズであり、人生そのものであるのです。
音楽家でない方には分かりにくいですね。
別の例でいうと、あなたも同じような経験を車の運転でしているはずです。
最初はそれぞれの動作を別々に練習します。
キー回すことから始めてね。
やがて、その動作をつなげられるようになり、最終的には意識せずに車を動かせる状態にまでなります。
さもないと違反の罰金すら払えません。
運転中のあなたの意識は同乗者との会話やラジオに集中しているはずです。
芸術家の素顔に触れる機会はなかなかないのですが、ビル・エヴァンスの人間性がよく出た記録があります。
話し相手は実兄のハリー。
彼もルイジアナで音楽を教えています。
■ビル・エヴァンス:
一般人々が本物のジャズを聴く機会は少ないが、人々のジャズに対する考え方も本物ではない。
だが、あらゆる芸術分野の中でジャズだけが、アメリカで生まれ世界に紹介された唯一のものだ。
ここ数世紀の中でね。
しかしジャズはクラシック音楽の歴史をなぞっているとも言える。
17世紀のクラシック音楽は即興がもてはやされたんだ。
当時は録音技術がなかったから、音楽を永久に保存する術(すべ)が全然なかったんだ。
だから音楽を譜面にするしかなかった。
やがて音楽は楽譜をいかに解釈するかになり、的確な解釈と知的な構成がクラシック音楽の主流となり、即興的側面は消えてしまった。
今いるのは作曲者と解釈者だけだ。
作曲者が即興を入れることは非常にまれだし、18世紀のころはその必要もなかったんだ。
ジャズも同じような経過をたどり、今やジャズは形式(スタイル)であると考える人の方が多くなった。
だが、ジャズは作曲の過程そのものなんだ。
1分の音楽を1分で作曲するという事だ。
クラシックは1分の音楽を3ヵ月かけて作ったりする。
そこだけが違うんだ。
ところが歴史的な背景を考えると、ジャズはアメリカの音楽や文化の影響を受けた音楽であり、その意味では形式的と言える。
否定はしないが、決して忘れてはならないのは、ジャズは自然発生的な創造の過程そのものだという事だ。
ショパンやバッハやモーツァルトのように即興すなわち瞬間に音楽を表現できる人たちはジャズ奏者と同じだ。
形式ではないんだ。
僕はそう思っている。
創造の過程としてのジャズで一番スリリングなのは、録音したレコードを後で聴く事だ。
録音中の出来事を確認してびっくりする。
それに、これは面白い事だが、優秀な作曲の先生ほど…もちろんクラシックのだが…音楽は即興的に響かなくてはならない、と生徒に教えている。
つまり芸術としての音楽というのは、自発的な要素がなければならないわけだ。
だからこそジャズはスリリングなんだ。
音楽を自発的に作れるんだからね。
クラシック音楽では、それが18世紀に消えてしまっている。
■ハリー・エヴァンス:
教師でジャズ奏者というのは、ジキル氏とハイド氏みたいなんだが、誰もジャズそのものに興味があるとは思えない。
僕の生徒たちも、ジャズが創造だという事がわかっていないんだ。
クラシックとは違ってね。
ジャズはやり直しがきかない音楽なんだ。
クラシックでは一瞬の音楽を3ヵ月かけて作れるだろうが、ジャズは一瞬を一瞬で作る。
その一瞬に自分のすべてを凝縮させなければならない。
あらゆるエネルギーを集中させる。頭脳も体も、美を敏感に感じ取れる神経もだ。
すべてを一瞬に凝縮させると、考えているヒマなんかない。
その一瞬を音楽に表現するしかないんだ。
子供の頃、ピアノに向かった君は、無我夢中で曲の主題を探り出そうとしていた。
見つけるまでやめない、という気迫でだ。
それが何年もの間続いたと言っていい。
どんな分野の人間にも通じる事だ。
若い管理職にも医者や弁護士を目指す青年たちにもな。
結果ばかりを気にする。
やるべきことを認識し、それに没頭すれば結果はついてくるのに
■ビル・エヴァンス:
その通りだ。
僕のところに、多くの人がやって来る。
先行きに不安を持った人たちだ。
彼らは外から仕事を眺めるばかりで、現実的な方法でそれに挑戦しようとしない。
真実を見つめ、何をどうするか明確にすべきなんだ。
ところが彼らはそれを嫌い、現実からいつも逃げようとする。
事柄を明白にし、現実に直面し、それを分析する力を持つ。
それが何より大切だと僕は思う。
全体像をぼんやりと掴んで、それで問題が解決すると思っても、結局は混乱が増すばかりだ。
最終的には身動きがとれなくなる。
どんな分野でもその道で成功した人は、最初から現実を見る目を持ち、困難に立ち向かう時は一歩ずつ進み、学びの過程を楽しむ術を知っている。
そうだな、弾きながら説明しようか。
この歌を例に取ろう
良く知られた曲で"ハウ・アバウト・ユー"だ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
誰かが、この曲を弾きたいとする。
一流のピアニストの演奏を聴いて、そう思うわけだ。
きっと、こんな感じだったんだろう
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(バップ的なフレーズを弾き散らす演奏)
この感じをつかんだ彼は、曲の基本を学ぼうとはしない。
基本はこうだ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(メロディをシンプルに演奏)
彼は、ぼんやりとした全体像を真似る。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(バップ的なフレーズを弾き散らす演奏)
あまりにも漠然とした弾き方なので、発展は望みようもない。
ムリに発展させたとしても混乱は増すばかりだ。
■ハリー・エヴァンス:
大げさに弾くのは、僕の一番の欠点なんだ。
■ビル・エヴァンス:
ハハハ
■ハリー・エヴァンス:
しかし、僕を含めた多数の音楽家にしてみれば、派手に弾くしか道はない。
基本を復習する時間なんかまるでないんだから。
■ビル・エヴァンス:
要は何をもって満足とするかが問題なんだ。
単純でも本物であれば、派手さはなくても満足感は十分に得られる。
そこから発展させられるんだ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(メロディを少し発展させた演奏)
基本さえしっかりしていればね。
高度の奏法を漠然と真似たところで、そこからの発展は望めないという事さ。
■ハリー・エヴァンス:
そうはいっても、派手な演奏も捨てがたい味がある。
弾いていて楽しいし、それを諦める気はない。
■ビル・エヴァンス:
うん、慎重になりすぎたら何も発見できないしな。
冒険心は絶対に必要だ。
それでも長い目で見れば、何が正確で何が不正確かを知るべきだし、冒険の成果の可否も認識しないとな。
■スティーブ・アレン:
ジャズにそれほど詳しくない人、たとえばクラシック音楽で育った人やR&Rやダンス音楽の愛好家は、どうしてビル・エヴァンスの音楽
そんなにいいのか、理解できないかもしれません。
そして、こう聞くでしょう。
"なぜかれの音楽こそ真の芸術だと言えるのか"
"トリニ・ロベスやビーチ・ボーイズとどこが違うのか"
別の例で説明しましょう。
数学なら誰でもわかりますね。
単純な1+1=2から始まって数学はどんどん複雑化します。
最初は数の勘定、そして足し算、引き算…
掛け算、割り算、代数、幾何学、三角法、微分、積分…
ビルの音楽も数学を同じで、とても高等で複雑なのです。
大変に奥が深い。そこがR&Rのハーモニーやフォーク音楽との違いです。
ビルが、その辺のところを自分で証明してくれます。
■ハリー・エヴァンス:
君を使って、具体的に説明したい。いいかい?
教師の特権だ。
■ビル・エヴァンス:
ハハハ
■ハリー・エヴァンス:
僕の言うとおりに弾いてくれ。
ジャズについて何の知識もないという事にして始めよう。
"スター・アイズ"を単純なメロディだけで弾いてくれ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(単音メロディで8小節を演奏)
この8小節を"A"と呼ぼう。
次にAを繰り返す。これもAだ。
今度はメロディにハーモニーをつけよう。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(メロディに和音をつけて8小節を演奏)
これで8小節と8小節。
つまりAとAになる。
次はいよいよ"サビ"に入る。
これを"B"と呼ぼう。
同じく8小節だ。
ではBを弾いてくれ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(メロディに和音をつけて8小節を演奏)
よろしい。これでA-A-Bとなる。
次に最初の8小節、Aに戻ろう。
くり返しになる。さあ弾いてくれ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(メロディに和音をつけて8+4小節を演奏)
※注:この曲の最後のAは4小節多い。ハリーは8小節と指定したが、ビルは曲に従い12小節弾いている
これでこの曲の構成はA-A-B-Aとなる。
もちろん君は非常にシンプルに弾いたが、それでも深みのある複雑なハーモニーをつけたね。
僕もピアニストだから分かる。
譜面にはないハーモニーだ。
■ビル・エヴァンス:
うん
■ハリー・エヴァンス:
君自身のハーモニーなんだ。
最初のフレーズをもう一度弾いてくれないか。
メロディだけでいい。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(単音メロディでAを3小節を演奏)
今度は譜面のコード通りに弾くんだ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(譜面の通りの単純なハーモニーでAを3小節を演奏)
ジャズに移ろう。
この曲をこのコード進行で我々は弾き続けてきた。
何回弾いたところで、譜面通りではつまらない。
ビル、自分のハーモニーをつけてくれ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(エヴァンス流でAを8小節を演奏)
譜面にあるオリジナルのハーモニーとは大違いだ。
では、ジャズの最大要素である即興に移ろう。
君のハーモニーは大変に美しいものだったが、それでもどちらかと言えばおとなしい感じがした。
その通りには何回も弾きたくはないだろう?
■ビル・エヴァンス:
(頷く)
■ハリー・エヴァンス:
さっきはハーモニーがメロディに付随していたが、今度はメロディの上につけてみよう。
ハーモニーを変えたようにメロディも変えるんだ。
最初の8小節、つまりAから始めてくれ。
ただ時々、元のメロディを入れた方が、聴く側はわかりやすいと思う。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
(エヴァンス流で3コーラスを演奏)
(テーマ1コーラス、即興2コーラス、最後のAで後テーマのメロディを弾いて終わる)
これでリズムとハーモニーとメロディの全部をカバーした。
ジャズ奏者はその全部を変える。
最初にリズム、それからメロディ。
もちろん元のメロディを基本にしてだがね。
そしてハーモニーもだ。
君の意見を言ってくれ。
芸術家としての考え方をだ。
もちろん限度がある。
だが、ジャズ奏者には自由が与えられている。
もちろんモーツァルトやバッハも即興を愛したが、僕は、ジャズ最大の特徴は自由と創造性にあると思う。
■ビル・エヴァンス:
非常に重要なことはこうだ。
忘れてはならないのは、いくら自由があって形式にとらわれないと言っても、そこには自ずから制限があるという事だ。
オリジナルを無視しては意味がない。
つまり制限がない所に自由なんか存在しない。
ワクがあるからこそ、そのワクを外したくなる、そこに意味があるんだ。
■ハリー・エヴァンス:
存在するものが無ければ、そこから出られない…
■ビル・エヴァンス:
その通りだ。
ピアノを弾く時はいつも、オリジナルの曲が持っている堅苦しさと戦っているわけだ。
※ここで演奏されたStar Eyesの楽譜
■スティーブ・アレン:
ビルにとって、ルールを知るというのは重要なことでした。
6歳でピアノを始めましたが、誰もがそうであるように、クラシックでした。
ニュージャージー州でのプレインフィールドで育ち、幼いころはジャズの影響をほとんど受けていません。
10台になって、古い楽譜を使ってダンス曲を弾き始め、これから彼自身が語るように、やがて自分で曲をアレンジするようになったのです。
■ハリー・エヴァンス:
きみのこれからの軌跡をたどってみたらどうかな。
今に至るまでの過程をだ。
どうやって演奏技術を身につけたか。
どうやって耳を鍛えたのか。ピアノへの思いとかをだ。
■ビル・エヴァンス:
今やジャズが何より大切なのは事実だが、昔は気づかなかった。
ジャズをやってはいたが、教師になるつもりだったんだ。
それが突然、ジャズで生きる気になった。
それまで何が望みか分からなくて、"将来、何になるの?"と聞かれて困る子供と同じだ。
子供はみんなそうだけどね。
だがジャズにのめり込んでからは、迷うことなく道を進み、ジャズは僕の何より大切なものになった。
6歳で始めたクラシック音楽だ。
13歳までクラシック音楽を初見で弾く練習をしたんだ。
兄さんもそうだったが、モーツァルトやベートーベンやシューベルトを弾いたよね。
だが、アメリカ国家すら譜面を見ないと弾けない。
変なもので、名曲は知的にかつ音楽的に弾けるのに、独創性がまるでないから、アメリカ国家でも譜面なしでは弾けない。
トニー・マーティンのバンドに初めて参加した時に、最初は譜面通りに弾いていた。
時々、高い音が入るだけだ。
それだけしか変化がないんだ。
ある夜、僕は冒険心を起こし、高音を弾いた。
その時の興奮は忘れられない。
譜面にない場所なんだからな。
その時から、音楽をいかに作るかを考え始めたんだ。
仕事から学ぶことの方が多かった。
ハーモニーの代え方とかメロディの作り方とか。
ハーモニーを覚えて、譜面なしで弾くこととか。
覚えたハーモニーをどう変えるかとかをね。
ジャズを弾くために何が必要かというと、技術的に困難なところを個別的に取り上げて、根気よく集中的に練習を重ねる事だろうと思う。
そのことが気にならなくなるまでね。
それができたなら、次の困難なところに移ってそれを克服する。
もちろん僕もそうやってきた。
僕は13歳の時からプロとしてピアノを弾いている。
1週間に4~5回は弾いていた。
長いキャリアだが、それでも28歳ごろになって、やっと自分を表現できると思えるようになったんだ。
楽器を使って感情を自由に表現できる、とね。
ポピュラーをやっていた頃だ。
■ハリー・エヴァンス:
君は、すぐ没頭できるんだね。
準備やムード作りの時間なんか必要ないんだ。
午前2時でも、朝でも昼でもいい。
■ビル・エヴァンス:
それがプロだ。
たとえ、どんなに弾く気になれない時でも、舞台に上ったらたちまちシャンとなる。
自分の能力を発揮できる。
普段の演奏なら、それで十分なんだ。
その点では心配ない。
だが、気分が高揚して演奏のレベルが上がると、緊張で一杯になる。
僕は今のトリオに満足している。
5週間、一緒に演奏した時に、これは可能性があると感じた。
6週間目はサンフランシスコだったんだが、3日目か4日目に突然、何かがはじけて、われわれは凄い演奏をしていた。
トリオの可能性が証明されて、うれしかった。
だが、これは求めて起こる事じゃない。
起こるのを待つしかない。
僕は、他の人ほど天分に恵まれなかったが、それが幸いした。
技術を磨くのに苦労するうちに、分析力がついたんだ。
かえって物事がはっきり見える。
困難にぶつかったときの対処の仕方とか、克服するのに要する時間はどのくらいかとか。
苦労をすれば、それだけ得るものがあるのに、人は困難の大きさにすら気がつかない場合が多い。
簡単に克服ができないとなると、能力がないと決め込んで、努力することをやめてしまうんだ。
だが困難の理由さえ分かれば、克服の過程が楽しくなる。
そういう生き方ができた僕は本当に運がいいんだ。
それでも、こころざしを立ててニューヨークに行った時、自問したものだ。
"これは大変な難問だぞ"
"ジャズで生計を立てるのは"
とね。
そして、こう結論を出した。
たとえ仕事がなくとも、とにかく弾き続けよう。
そうすれば、いつか誰かが認めてくれる。
それが僕の生き方だ。
決してゴリ押しはしない。
■ハリー・エヴァンス:
そこが違うんだ。
我々はどうしても、ゴリ押しでも世間の認知を得ようとする。
だから、したい仕事以外にいろいろ手を広げるんだ。
■ビル・エヴァンス:
僕にも経験がある。
だけど、その度に自分を戒めてきた。
手を広げすぎると、どうしても目が届かなくなる。
例えば、戦争を飢餓と貧困が同時に襲ってきた時、人間として何をすべきか。
とても、すべては面倒見きれない。
そこで自分の力を最高に発揮できる分野を選ぶんだ。
そこで全力を尽くせば、その力がほかの分野に波及して、全体が改良される。
だから僕が音楽に、自分の持てる力をすべて注げば、僕が望むような波及効果が必ず出ると思うんだ。
■スティーブ・アレン:
ジャズは教えられるものか?
鑑賞や理解の仕方は教えられるでしょう。
絵画の勉強をする場合と同じです。
ジャズの構成や技術や理論や歴史も教えらえます。
しかし、その心までは説明できるのでしょうか。
ヒントになるのがせいぜいです。
では、ビルが彼の教育理論を説明します。
■ビル・エヴァンス:
最も危険なのはスタイルを教えがちだという事だ。
レノックス・ジャズ・スクールで教えた時、11人の生徒がいた。
マサチューセッツ州だ。
その11人の生徒のうち、8人までが、コードの勉強を嫌った。
既に存在するコードを弾くのは真似になると言う。
もちろん練習を逃れる口実にすぎないんだがね。
しかし核心は衝いている。
ジャズを教えるのなら、スタイルではなく、本質を教えるべきだ。
本質を教えるというのは非常に難しい事だがね。
だからジャズを教えるのはやっかいだ。
本気でジャズをやる気なら、自分で学ぶしかない。
ジャズ・プレイヤーは自分の感性で取捨選択すべきなんだ。
■ハリー・エヴァンス:
同感だ。
君は怖い生徒だ。ハハハ
■ビル・エヴァンス:
ハハハ
僕の生徒もさ。
■ハリー・エヴァンス:
しかし、僕も含めたほとんどの人たちは、一人立ちできるまで、誰かの手助けを必要とするものだ。
■ビル・エヴァンス:
僕だって必要だったさ。
でも、最後の選択は自分でやった。
兄さんだってそうだろう?
そこだよ、芸術家が本当に心配しているのはね。
的確な忠告を与えられるのかと…
■ハリー・エヴァンス:
確かに心配だ。
それでも、忠告は必要なんだ。
Fのコードを4小節以上弾けないと生徒が訴えたら、その解決法を教えてやらないと。
■ビル・エヴァンス:
自分で探せ、とは?
■ハリー・エヴァンス:
そんな事を言ったら、たちまち首が飛ぶよ。
生徒は教えられるのが商売だからな。
■ビル・エヴァンス:
"来週まで自分で努力してダメなら、ヒントをやろう"、では?
■ハリー・エヴァンス:
それが最上だ。
生徒がやる気を起こし、自分で工夫するからな。
それが教育だ。
■ビル・エヴァンス:
昔、兄さんが言ったように、自分で発見しないと、何事にも興味は持てない。
生徒だって与えすぎるとやる気をなくすものだ。
■ハリー・エヴァンス:
いい先生は口を出すときと黙っている時を心得ている。
忘れもしない、君がルイジアナの僕の家へ3年ぶりに来てくれた時、君から学べると大喜びしたもんだ。
そして君の弾き方を教えてくれと頼んだ。
だが君は動かない。
4日目にまた頼んだんだ。
君は、"自分で発見する喜びを兄さんから取り上げたくない"。
そう言ってピアノに向かい、自分の音楽に没頭し始めた。
教えようとすれば簡単な事なのに。
でも君が正しい。
なぜなら8年前に君から教わった弾き方を、僕は今でも変えずにいる。
■ビル・エヴァンス:
コツを覚えた。
■ハリー・エヴァンス:
そうだ。そして君が言う通り、自分で工夫した時より弾いても楽しくない。
・・・(話題を変えて)
今のジャズ・ミュージシャンは、一般的にみると、自分の曲を作る方向にあると言える。
もちろんテレビや映画のサウンド・トラックもあるが、ジャズの場合は自分の曲に自分で枠組を作り、その構成をもとに即興演奏をする。
君のトリオも君の曲をたくさん演奏している。
ここで君の曲を聴かせてほしい。
自分の枠組の中で弾いてみてくれ。
即興の元になる曲だ。
■ビル・エヴァンス:
それじゃ、3曲ほど弾こう。
まず、"ヴェリー・アーリー"。
これは一種のワルツだ。
それから、"タイム・リメンバード"
これはトリオでよくやる。
そして最後が"マイ・ベルズ"だ。
<ビル・エヴァンスの演奏♪>
<END>